なぜ投資と聞くとリスクを過度に感じたり怖くなるのでしょうか?
投資をこれから始めようとしている方や、興味はあるけど損してしまうかもと考える人は、特にこのような気持ちを感じることがあるかと思います。また、損得が絡むことに関して冷静に判断ができないなどこのような感情を持つ人も多いでしょう。
もしかすると、その問題の答えは「プロスペクト理論」にあるかもしれません。
今回は、行動心理学とプロスペクト理論について、多くの投資家が陥る「投資のワナ」から脱出する方法を解説します。
①プロスペクト理論とは
プロスペクトとは、英語のProspectのことであり期待や予想、見込みなどのニュアンスを持ちます。
行動心理学とは、これまで人間はいかなる場合も合理的に行動する生き物だと思われていたが、実はそうではなく、さまざまな心理状態によって非合理的な行動を取ることがあるという偉大な発見です。
プロスペクト理論は、ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが発見し、2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。
②プロスペクト理論を体験
プロスペクト理論を一言で表すと、「人は損するのが大嫌いなんですよ」ということ。
これまでいかなる場合も合理的に行動すると思われていた人が、損得が絡むケースでは「非合理的な行動」を取ってしまいます。
これがプロスペクト理論の本質です。
問題1
A:表が出る:100万円もらえる
B:裏が出る:50万円を失う
C:ゲームに参加せず20万円を手に入れる
さて、あなたはゲームに参加して「100万円GET or 50万円を失う」か、ゲームに参加せず「20万円を確実に手に入れる」かどちらを選びますか?
行動心理学では、人間は合理的な生き物ではなく、ローリスク・ローリターンを好む「リスク回避的な生き物」であることが証明されています。
実は、このコインゲームで合理的な判断をすると、確実な20万円をもらうよりも、ゲームに参加して「100万円GET or 50万円を失う」方がお得なのです。
問題1の答え
コインの問題では「期待値」を計算することでどちらが得か計算できます。
■100万円GET or 50万円を失う
(100万円 × 50%)+(-50万円 × 50%) = 期待値は25万円
■確実に20万円を手に入れる
(20万円 × 100%)+(0万円 × 0%) = 期待値は20万円
つまり、このケースでは不確実性のある「コインのゲーム(いわばギャンブル)」に参加した方が期待値は大きいということです。
しかし、人間は直感的にリスクが小さく確実な方(でも期待値は小さい方)を選んでしまう。
特にリスクを取るのが好きなギャンブラーほど、上記の質問では「100万円GET or 50万円を失う」というゲームに参加するという判断をすると思います。
プロスペクト理論を一言で言うと「人は損するのが嫌い」となりますが、これは「人は損すると取り返したくなる」と言い換えることもできます。
問題2
あなたは先ほどのゲームに参加し、コインの裏を引き当てて50万円の損失を被ってしまいました。(現時点で50万円のマイナス)
しかし、ゲームのディーラーから「敗者復活戦」の提案を受けました。その内容は、ルーレットを回して赤を当てることができれば100万円もらえるというものです。
A:赤が出る:100万円を得られる(出現率30%)
B:黒が出る:30万円を失う(出現率70%)
もし、赤(確率は30%)を引き当てれば100万円がもらえるので、50万円の損失を取り戻せるだけでなく、さらに50万円の利益を得ることができ、気持ちよく帰ることができます。
しかし、黒(確率は70%)の出現率を引き当ててしまうと70%の確率で30万円の追加損失を被ります。
一方で、ディーラーはあなたにもう一つの選択肢を用意してきました。
ギャンブルに参加しないなら10万円は返金しても良いという提案です。
つまり、敗者復活戦に参加しない場合は、あなたは10万円を受け取り、確実な40万円の損となります。
①「100万円GET (トータル50万円の儲け)or 30万円の損失(トータル80万円の損失)」を取るか、
②「確実な10万円の儲け(トータルで確実に40万円の損)」を取るか。
先ほどのプロスペクト理論によれば、人間はリスク回避的ですので「確実な10万円の儲け」を取ります。(実際、期待値もこちらの方が高い)
しかし、「現時点で50万円の損失を負っている」という前提条件が付くことで、人間はつい「一発逆転」を狙って期待値の低いギャンブルに参加してしまうのです。
このゲームの心理状態
「50万円損している状態で10万円の返金を受けても、10万円が小さなものに感じられ魅力的に思えない。」
通常は、「10万円の返金」は「確実な10万円の利益」と同じです。しかし、すでに50万円を損している状態では、金銭感覚が麻痺しています。
過去の失敗などが現在の意思決定に影響を与える心理は、サンクコスト効果(埋没費用)として知られています。
すでに50万円の損をしている状態で、
- 100万円GET or 30万円の損失(勝てばトータル50万円の儲け、負ければトータル80万円の損)
- 確実な10万円の儲け(トータルで確実な40万円の損)
どちらを取るかと問われると、多くの人はギャンブルに参加することを選択してしまいます。
しかし、期待値を計算してみると、合理的な判断がどちらなのか一目瞭然です。
問題2の答え
ルーレットの問題の期待値を計算してみましょう。
■100万円GET or 30万円を失う
(100万円 × 30%)+(-30万円 × 70%) = 期待値は9万円
■確実に10万円を返金してもらえる
(10万円 × 100%)+(0万円 × 0%) = 期待値は10万円
つまり、このケースではゲームに参加せず、確実に10万円を返金してもらう方が期待値は大きいということになります。
しかし、これはこのゲーム単体でみた場合であって、前回のゲームで50万円の損をしているという前提が付くと、(損を取り返したい欲求から)人間は期待値の低いギャンブルに参加することを選択してしまう傾向があるのです。
900ドル失うことの負の価値は、90%の確率で1,000ドル失うことの負の価値よりも大きい、ということだ。確実な損失は非常にいやなものなので、あなたはむしろリスクを選ぶ。 悪い選択肢しかないときに人々がリスク追求的になるという事実に気づいたのは、私たちが最初ではない。 そしてまずまちがいなくあなたは、勝つことを好む以上に負けることを嫌う。 出典:ダニエル・カーネマン「ファスト&スロー」
③価値関数
「価値関数」とは、私たちの認知における「価値の感じ方の歪み」を表現する関数です。
私たちには、「得をした嬉しさよりも、損をしたガッカリ感を強く感じる」という心理傾向があります。
例えば、「特別定額給付金」で10万円もらった時の喜びと仮に電車で10万円の入った財布を電車に置き忘れて無くしてしまった時の悲しみはどちらが大きいでしょうか。同じ10万円でも悲しみの感情の方が大きく感じませんか?
経済学者の筒井義郎氏らによる著書『行動経済学入門』(東洋経済新報社、2017年)によると、損失がもたらす影響は、利得のおよそ2.25倍だそう。プロスペクト理論における価値観数は、以下のようにグラフ化されます。
- 価値関数の横軸:利益・損失の金額
- 価値関数の縦軸:金額を得た/失ったことによる感情の大きさ
利益を得た場合(右半分)より、損をした場合(左半分)のほうが、グラフの傾斜が大きくなっているのがおわかりでしょうか。
「得をした喜び」の幅より「損をしたガッカリ感」の幅のほうが大きい、ということが関数として表現されているのです。
また、ギャンブルや投資をしたことがある人は、こんな経験があるのではないでしょうか。
勝っているときほど慎重になり勝負に出ず、負けているときほど一発逆転の大ばくちに出て損失が拡大してしまう。
冷静に考えるなら、勝っているときは余裕があるのだから大きな勝負に出る一方、負けているときほど慎重になってもよさそうですよね。
しかし、実際の心理は逆に動くことが多いのです。下のグラフをご覧ください。
ギャンブルですでに10万円勝っている人は、さらに5万円勝つ場合の嬉しさよりも、5万円負けたときのガッカリ感を強く感じます。したがって、勝っているときは、「負けること」を強く避ける安定志向になるのです。
反対に、10万円負けているときには、さらに5万円負けるガッカリ感より、5万円取り返す喜びのほうが大きくなります。したがって、さらに負けるリスクを冒してでも、大きな賭けに出やすくなるのです。
④確率加重関数
「確率加重関数」は、「確率の感じ方のゆがみ」を表現するグラフです。
「降水確率70%」「当選確率0.1%」など、確率は普段の生活でよく利用しますよね。しかし、私たちは、○○%と示された確率を客観的に理解しているわけではありません。人間には「高い確率ほど低く見積もり、低い確率ほど高く見積もる」という心理傾向があるのです。
例えば、「当たるはずのない宝くじをつい買ってしまう」のにも、確率加重関数が関係しています。私たちは、2,000万分の1(0.00000005%)という当選確率を正しく認識できず、実際よりも大きく見積る傾向があるので、「意外と当たるんじゃないか?」と感じてしまうのです。
反対に、大きな確率は実際よりも小さく感じられます。例えば「手術の成功率は99%です」と言われたら、ひょっとして失敗するんじゃないかと不安になってしまう人は多いのではないでしょうか。
このような「確率の感じ方のゆがみ」を表現したのが、確率加重関数です。『行動経済学入門』によると、確率加重関数では、およそ「40%」という値がターニングポイントなのだそうです。つまり、約40%以下の確率は実際より高く感じられ、それ以上の確率は実際よりも低く感じられるのです(ただし、ターニングポイントは人によって異なります)。
⑤まとめ
プロスペクト理論は、最終的な結果は同じなのに、心理状態に違いが生じるというのがポイントです。
結果的に負けていなくても、最初の基準点より劣っていると「負けたと感じる」のが人間の感情です。
このことを理解した上で投資や資産運用に取り組むのがいいでしょう。
・損失のほうが価値づけが重い
金額が同じだと、損をした場合、得をした場合の約2.25倍の価値を感じます。そのため、私たちは、得をすることよりも損を避けることを優先する傾向があるのです。
・金額が大きくなるほど、価値の感じ方は小さくなる
動く金額が大きくなるほど、もたらされる価値(得をした嬉しさ/損をしたガッカリ感)の振れ幅は小さくなっていきます。賞金が2倍になっても、嬉しさも2倍になるわけではないのです。
・勝っているときは安定志向、負けているときはリスク志向
価値関数はS字カーブを描いています。利益が出ているときには安定志向になる一方、損害が出ているときは、リスクを冒してでも利益を目指す心理が働きやすくなるのです。
・確率は正しく認識されない
私たちは、約40%よりも高い確率を実際より低く評価し、それよりも低い確率を実際より高く評価する傾向があります。その心理的傾向を表現したグラフが確率加重関数です。